相賀神社について 相賀神社(あいがじんじゃ・Aiga jinjya)は古来より地元・相賀村の信仰を集めてきた神社で、明治時代に相賀地区の多くの神社を合祀してきました。 正月の第2日曜日に祷屋(とうや)祭が行われる事でも知られています。 相賀神社へのアクセス 住所:〒519-3406 三重県北牟婁郡紀北町相賀801 ...
神社・寺院の記事一覧
引本神社について 引本神社(ひきもとじんじゃ・Hikimoto jinjya)は明治40年代に地域の神社が合祀され、多くの神様が祀られており、中でも学問の神様・菅原道真が祀られている事で知られています。 船型神輿が町内を練りながら巡行する例祭「お関船祭」があり、道中、宿という「八幡大神」「武速須佐之男神」の掛軸を床間に...
大昌寺について 大昌寺は「大原不動明王像・不動堂」「格子絵天井」は町指定文化財で、1657年創建で本尊の不動明王像は弘法大師が作ったと言われています。 百歌仙を描いた極彩色の絵馬をはめ込んだ格子絵天井は畳に寝そべってみると、江戸時代後期の物とは思えない鮮やかさを放っています。 大昌寺へのアクセス 住所:〒519-320...
近長谷寺について 近長谷寺(きんちょうこくじ・Kincyoukoku ji)は885年にこの地の豪族、飯高宿禰諸氏が内外近親等に勧進して、この寺を造らせたと伝えられていて、本尊は平安時代後期に作られた像高6.6mの寄木造りの十一面観音立像で、十種勝利、四種功徳をもたらすとされ、大正2年に国の重要文化財に指定されました。...
金剛座寺について 金剛座寺(こんごうざじ・Kongouza ji)は藤原鎌足ゆかりの草創という説と、藤原不比等が開山したという2つの説が伝わるお寺で、讃岐の志度寺の別当寺として十一面観音を本尊としていました。 その後藤原不比等が内妻の菩提寺とするべく行基菩薩彫刻の「如意輪観音」を本尊にしたと言われて、この観音像は女性に...
久々志弥神社について 久々志弥神社(くくしみじんじゃ・Kukushimi jinjya)はは延喜式内社の河曲郡の久々志彌神社に比定される神社で、古くは福住大明神と呼ばれました。 織田信孝が社殿を造営し、江戸時代には藤堂高次が造営しました。 例祭が10月1日に行われ、県の無形民俗文化財に指定される下箕田獅子舞が行われます...
須伎神社について 須伎神社(すぎじんじゃ・Sugi jinjya)は周囲に壕をめぐらし、盛土の上に社殿がある神社で、延喜式内社の河曲郡・須伎神社や合祀された大木神社に比定される神社です。 江戸時代には「石津天王」「杉野明神」と呼ばれ、地域から信仰を集めました。 延喜式内社・河曲郡二十座 須伎神社・大木神社 須伎神社への...
飯野神社について 飯野神社(いいのじんじゃ・Iino jinjya)は延喜式内社の河曲郡の飯野神社に比定される神社で、十月初旬には市の無形文化財に指定された鯨船行事が行われます。 また毎年8月1日に開催される天王祭では、地元3地区から山車が出されます。 延喜式内社・河曲郡二十座 飯野神社 飯野神社へのアクセス 住所:〒...
大鹿三宅神社について 大鹿三宅神社(おおかみやけじんじゃ・Ookamiyake jinjya)は延喜式内社の河曲郡の大鹿三宅神社に比定される神社で、平安時代末期に創建されたとされています。 伊勢国で天皇系譜につながる唯一の古代氏族であった大鹿氏にまつわる神社とされています。 延喜式内社・河曲郡二十座 大鹿三宅神社 大鹿...
福善寺とは 福善寺(ふくぜんじ・Fukuzen ji)は平安時代後期に白河天皇の勅によって建立され、鎌倉時代の興正菩薩の発願によって再興され、弘法大師が訪れた事でも知られる、本尊を薬師如来とするお寺です。 興正菩薩はこの地に疫病が流行した際、薬師如来と不動明王を修復し、平癒されたり、用水路の開発を行い、地元に水を引き、...
府南寺について 府南寺(ふなんじ・Funan ji)は国の氏仏として1400年物歴史を持つ、聖徳太子の開創と伝えられるお寺で、泰平山無量寿寺と補陀落山府南寺とが、天正の兵災後に合併して泰平山府南寺となった、真言宗御室派の準別格本山、寺格は二等格院です。 無量寿寺の本尊である阿弥陀如来は伊勢神宮内宮の天照大御神の本地仏と...
大乃己所神社について 大乃己所神社(おおのこそじんじゃ・Oonokoso jinjya)は大和国三輪社にまつわる由緒によって、奈良の大神神社(おおみわじんじゃ)の主祭神である三輪明神=大物主神が祀られる神社です。 明治41年に一身田中野にある同名の大乃己所神社などを合祀しましたが、昭和26年に3社を分祀し現在に至ってい...
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