せっかく神社に立ち寄るなら知っておきたい明治時代の社格制度

明治時代に整えられた社格制度「近代社格制度」

比較的規模の大きい神社の前を通る際に、こんな感じに「縣社」と書かれている石碑を見られたことはありませんか。

この「縣社」というのは明治時代に国がつけた社格(ランクのようなもの)の名残で、日本では戦前まで神社それぞれに社格が定められていました。

この明治時代に国が整えた社格制度の事を「近代社格制度」といいます。

今は廃止された社格制度ですが、戦前まであったこの近代社格制度を知っておくと、神社を走って歩いて巡るモチベーションにつながったりします。

そこで今回の記事では、近代社格制度についてごくごく簡単に見ていきたいと思います。

国が支援した官社(官社・国社)

全国各地にある神社の中で特に上位に位置付けられたのが、国からの支援を受けた「官社」という格付け。

この官社はかつて朝廷が運営にかかわる神社である「官幣社(かんぺいしゃ)」と、かつて朝廷から地方に派遣された国司が運営にかかわる「国幣社(こくへいしゃ)」の2つに分かれ、さらに大中小の三段階(官幣大社←官幣中社←官幣小社、国幣大社←国幣中社←国幣小社)に分けられました。

さらに靖国神社のように国のために貢献した人物を祀る「別格官幣社」という社格を加えた官社が、特に上位の社格に位置付けられました。

ちなみに三重県で官社に格付けられたのは桑名市の多度大社(国幣大社)と、伊賀市の敢国神社(国幣中社)、そして津市の結城神社(別格官幣社)北畠神社(別格官幣社)の4社で、官幣社は三重県にはありませんでした。

三重県で官社の次に格付けられたのは県社

官社に入らず、地方官の管轄となる神社の事を「諸社(しょしゃ)」といい、その諸車はさらに「府社」「県(縣)社(けんしゃ)」←「郷社(ごうしゃ)」←「村社(そんしゃ)」←「無各社(むかくしゃ)」に分けられ、府や県から支援を受けていました。

ちなみに三重県内において、諸社の中で最も上位に格付けられた県社の数は22社で、その中には鈴鹿市の椿大神社など、県内では比較的大きな神社が名を連ねています。

伊勢神宮はやはり別格

ここまで来て「あれ?伊勢神宮は」と思われた方もいらっしゃるのでは?

実は伊勢神宮は官社にも諸社にも含まれず、別格の存在として、社格の外に置かれる特別な存在でした。

こうした情報を見ると、あらためて伊勢神宮の存在の偉大さが引き立つ事になります。

せっかく走る、歩くなら官社・県社を巡ってみよう

現在は消滅している社格制度ですが、かつて上位に格付けられた神社を巡ってみるのも結構楽しいものだったりします。

また官社や県社クラスだと、三重県内ではかなり規模の大きい神社ばかりで、まずはずれ(?)の神社もありません。

何か走る、歩く目的を作りたいとお考えの方は、ぜひ三重県内の官社+県社巡りにも挑戦してみてください!

 

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