三重四国八十八カ所霊場を走り歩こう(鈴鹿東部編)|距離の目安・26㎞

三重四国八十八カ所霊場を巡ろう

三重四国八十八カ所霊場(みえしこくはちじゅうはっかしょれいじょう)は、四国にある空海ゆかりの88カ所の仏教寺院の霊場巡り「お遍路」の三重県版です。

空海が伊勢神宮へ参拝する際に実際に通った道を中心に、三重に広がる八十八カ所の巡礼地を巡ります。

巡る順番は一番札所から番号順に巡る「順打ち」、逆に八十八番礼所から自番号順に巡る「逆打ち」がよく言われますが、必ずしも番号順に巡る必要はなく、それぞれの目的に応じて、もしくはエリアごとに巡るような形でもOKのようです。

そんな三重四国八十八カ所霊場は、北はいなべ・桑名から、西は伊賀市・名張市、南は伊勢市・鳥羽市までと広範囲にわたっており、一気に走って歩いて巡るのはほぼ不可能。

そこで今回の記事では鈴鹿市東部にある三重四国八十八カ所霊場巡礼のルート一例を紹介していきます。

鈴鹿市東部の三重四国八十八カ所霊場巡りおすすめルート

A 伊勢鉄道 鈴鹿駅|四日市市

鈴鹿市矢橋一丁目に所在する、伊勢鉄道伊勢線の駅です。

↓ 最短距離 1.5km

B 第13番 林光寺|鈴鹿市

聖武天皇の勅によって行基が祈願に巡っていた途中に、泉の中に清泉が湧き出て金光を放つのをみて感得し、聖武天皇勅願寺として開創されたと伝わっています。

のちに神戸城主代々の祈願所として栄え、城主から寄進された数々のものが今も現存しています。

↓ 最短距離 500m

C 第14番 慎福寺|鈴鹿市

3月の初午に100年以上続く「厄除け護摩祈祷」が行われ、読経に合わせて金比羅堂前の「護摩だん」に願い事を書いた「ごま木」をくべて、煙を浴びながら祈ります。

また水子の霊を供養する弘法大師のお寺で、ぼたんの花の咲く時期には多くの参拝者が集まります。

↓ 最短距離 3.5m

D 第15番 福善寺|鈴鹿市

平安時代後期に白河天皇の勅によって建立され、鎌倉時代の興正菩薩の発願によって再興され、弘法大師が訪れた事でも知られる、本尊を薬師如来とするお寺です。

興正菩薩はこの地に疫病が流行した際、薬師如来と不動明王を修復し、平癒されたり、用水路の開発を行い、地元に水を引き、「寺井」「六郷井」と呼ばれるなどの功績があります。

↓ 最短距離 6.5km

E 第16番 観音寺|鈴鹿市

聖武天皇の代に開創されたと伝わり、1300年以上続く古刹(こさつ)で、難産を救い、子孫長久を守る「白衣観世音菩薩」をご本尊としています。

子安観音寺には、安産・子育て・子授けにご利益があるとされる「白子の子安観音」として親しまれています。

↓ 最短距離 2㎞

F 第17番 福楽寺|鈴鹿市

聖武天皇が東大寺の大仏を建立する際、伊勢神宮に行基を遣わした際、この地方で悪疫が流行していたため、薬師如来像を彫刻し、開眼供養、平癒祈願を行ったところ、悪疫が平癒したことがこのお寺のはじまりと言われています。

最盛期には荘厳な伽藍を有していましたが、信長の兵火によって焼かれたものの、本尊は難を逃れ、現在の本堂は明治に再建されたもので、本尊の薬師如来は30年に一度開帳されます。

↓ 最短距離 1.5㎞

G 第18番 神宮寺|鈴鹿市

福満山神宮寺(ふくまんざんじんぐうじ・Fukumanzan jinguuji)は8世紀前半に、行基によって伊奈冨神社境内に創建されたと伝わるお寺です。

平安時代に作られた持国天と多聞天の二天立像と薬師如来立像の3体の仏像が、国の重要文化財に指定されています。

↓ 最短距離 0.5㎞

H 第19番 慈恩寺|鈴鹿市

神宮寺とともに伊奈冨神社との関係が深く、神宮寺と同じく天平年間の頃に建てられたと言われるお寺で、本尊は千手観音菩薩です。

江戸時代に京都の東寺の学僧「寂泉」が学問の神を祀る京都の天満宮を勧請して寺子屋を開き、その後多くの地域の人々が学んだことより、地元では「学問の寺」「稲生の天神さん」として親しまれています。

↓ 最短距離 5.5㎞

I 第20番 妙福寺|鈴鹿市

奈良時代に行基によって創建されたとされるお寺です。

境内に所蔵する「木造釈迦如来坐像」と「木造大日如来坐像」は国の重要文化財に指定されています。

↓ 最短距離 4.5㎞

伊勢鉄道・徳田駅 |鈴鹿市

伊勢鉄道・徳田駅は三重県鈴鹿市徳田町にある、伊勢鉄道伊勢線の駅です。

三重四国八十八カ所霊場巡りラン

三重四国八十八カ所霊場巡り(桑名市~四日市市北部)

三重四国八十八カ所霊場巡り(四日市市中南部)

三重四国八十八カ所霊場巡り(鈴鹿市西部)

三重四国八十八カ所霊場巡り(亀山市)

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