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谷川士清旧宅について 谷川士清(たにがわことすが)旧宅は、江戸時代の国学者で、はじめて五十音順の国語辞典(和訓の栞)を作った谷川士清が生活していた建物が復元されたものです。 士清の著書なども展示されています。 谷川士清旧宅へのアクセス 住所:〒514-0041 三重県津市八町3丁目9−18 最寄り駅:近鉄津新町駅か...
神館神社について 神館神社(かんたちじんじゃ・Kantachi jinjya)は倭姫命が神宮鎮座の地を探して巡幸していた際、ここに休憩所としての館が建てられ、神宮が伊勢に定まった後に創建された神社で、神館神明宮・神館明神とも称されていました。 延喜式内社・阿由太神社に比定されている神社です。 延喜式内社・安濃郡十座 神...
大市神社について 大市神社(おおいちじんじゃ・Ooichi jinjya)は任那よりの帰化人である大市氏の氏人達がその祖を祀った神社と言われており、延喜式内社・大市神社に比定されています。 明治時代には川松明神と称していました。 延喜式内社・安濃郡十座 大市神社 大市神社へのアクセス 住所:〒514-0838 三重県津...
國魂神社について 國魂神社(くにたまじんじゃ・Kunitama jinjya)は天地造化の神、八柱の神をまつることから「くにたまさん」「八王子(はっちょい)さん」として地域から信仰を集めてきた神社です。 平安時代以前から続く由緒ある神社で、明治4年に八柱神社、明治41年に國魂神社に改称されました。 延喜式内社・志夫弥神...
慈眼院について 長齢山 慈眼院観音寺(ちょうれいざん じげんいんかんのんじ)は本尊・十一面観音などが安置されていて、昔から地元の農家や商家より五穀豊穣、商売繁盛、現世利益を祈るお寺として、信仰を集めてきました。 藤堂高虎によって今の地に移されたとされており、当時は七堂伽藍を有する大きなお寺だったようで、関の地蔵院との関...
神宮寺について 神宮寺は本堂の御倉堂が1634年に建てられた、津市で最も古い建物があるお寺です。 本堂内の本堂内の三十六歌仙扁額は江戸時代初期に津藩加判奉行の玉置甚三郎が若い頃書いたもので、補修のあった際、和歌部分を谷川士清が筆者した事でも知られています。 「三重四国八十八ヶ所霊場 第70番」 神宮寺へのアクセス 住所...
斎宮跡歴史ロマン広場とは 斎宮跡歴史ロマン広場は、史跡全体を10分の1のスケールの模型で再現し、斎宮の規模と当時の姿を実感できる施設として開園しました。 ここでは過去30年以上の発掘調査成果をもとに、斎王が住んだ御殿をはじめとした中心区画の建物も、10分の1サイズで配置しています。 斎宮跡歴史ロマン広場へのアクセス 住...
坂本古墳公園とは 坂本古墳公園は5基の古墳が三重県指定史跡に指定され、1号墳出土の金銅装頭椎大刀は三重県指定有形文化財に指定されている坂本古墳群のある公園です。 かつては約150基からなる大群集墳でしたが、開墾によりほとんどが消滅し、現在は数基を残すのみです。 古墳群でも中心的な古墳である1号墳は、三重県内では古墳時代...
麻續神社とは 麻續神社(おみじんじゃ・Omi jinjya)は延喜式内社・麻續に比定される神社で、斎宮や伊勢神宮とのつながりもあるとされる神社です。 江戸時代には八王子と称し、地元の産土神として信仰された神社です。 延喜式内社・多氣郡五十二座 麻續神社・火地神社 麻續神社へのアクセス 住所:〒515-0334 三重県多...
織殿神社とは 織殿(おりどの)神社は伊勢神宮に奉納する神衣を作っていたので織殿と称するようになったと言われる、延喜式内社・大海田水代大刀自神社に比定される神社です。 古来神宮の神御衣祭に荒妙を備える神麻続機殿(かんおみはたどの)神社に奉仕した人々が、多く住んでいたそうです。 延喜式内社・多氣郡五十二座 大海田水代大刀自...
宇留布津神社とは 宇留布津神社(うるふつじんじゃ・urufutsu jinjya)は延喜式式内社・宇留布津神社に比定される神社で、明治42年に大国玉神社に合祀されましたが、昭和10年に分祀され今の地に戻ってきました。 この神社のある地名・腹太(はらふと)は宇留布津(うるふと)の転化という説もあるそうです。 延喜式内社・...
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